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教育予算が減らされて、やることが増えるばかりの小学校教員。

少子化を予想して、新規採用数は控えて、期限付き雇用で当面を凌ぐ政策。

外国語教育やプログラミング教育を導入して、正規の教員にはできないとして、期限付きか制限付きの教員免許を制度化して、塾講師や外国人を公立学校で正式に雇うということに、つながるのではないだろうか。

もうすでに、職員会議は決定機関ではなく、管理者が最終決定できるとなっているのだから、職員会議が有名無実化され、自由に意見交換をする場ではなくなりつつある。

とすれば、職員間の多様性が増すようになれば、話合いや意思疎通の機会がますます必要になるのに、それができなくなり、学校は、塾化するのではないか。

あるいは、待遇面、労働時間や労働内容によって、様々な差があることで、教員間に共同体意識や協力関係を築きにくくなるのではないか。

いずれにしても、公教育は、崩壊するね。

中国人富裕層が、日本の不動産を購入しているそうです。環境汚染が甚だしい本国から逃れて、自分達の健康を守る避難先確保のためと、ビジネス拡大のためらしいです。そのうち、日本は、華僑が支配する国になるのでは?中国語が話せる方が、英語を話せるよりも、有利になる日は、遠くないかも。

暗い妄想が、いろいろと出てくる。

ポーちゃんは、アトピーも落ち着き、薬も少しずつ減らしているところです。ただ、なんと、居間から玄関に出るドアを自ら開けて出て行く技を習得。何か嫌な音(多分、金属音)がすると、勝手に玄関の上がり口に避難します。ドアを開けるけど閉めないから、寒い空気が居間に入ってくるのが、困る。金属音がするのは、どうも、私が、台所仕事、特に洗い物をするときのようです。これ、一ヶ月前くらいから、始まりました。犬も年を取ると、耳が遠くなって、金属音だけが際立って強く聞こえると言うことではないかと、推測します。

犬も、長く生きていれば、いろいろあるんだね。
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ポーさんは、『甲状腺機能低下症』

 甲状腺のホルモン剤を飲んでいます。ポーさんの体をなでていると、なんだか、腰周辺部分が、冷たいような感じがします。それに、頻繁に頭を振ったり、口周辺を触られるのをいやがったり、何となく、体調がよくない様子です。

 心配だから、何とかしようと思って、体をあたためることにしました。

 まず、カモミールティーを飲ませましょう。シナモンやジンジャーを入れると、さらに体を温める効果が高まります。それから、ホッカイロや棒灸などで、腰のあたりをあたためます。(綿の入った服を着せて、その上から貼るホッカイロであたためます。)

 これで、しばらく様子を見たいと思います。

 

poppy with a coat in
 前の記事で、『個別に学習するのが効率的なのかもしれない』というタイトルで、書いたけれど、なんだか言葉足らずだったように思えて、再度誤解のないように書き記しておきます。

 公立学校の英語教育で提供できるのは、一般的な内容でしかありえません。教科書中心で、限られた時間の中で授業を行うことや、入学試験などの公平性を担保する(?)ということから、文法事項や語彙などは、指導要領で定めた内容や数から出ることはないでしょう。個人のニーズや、それぞれの地域が要求するものは、検定教科書には入らないかもしれない。しかも、最近の児童生徒は、教科書から離れて勉強をするということはしないし、評価や試験に関係のない事柄を覚えようとはしない。
 以上のことから、小学校から始めようが、結局は自分の語りたいこと、主張、考えなどを英語で伝える力は、めざましく伸びるとは思えません。
 遠回りかもしれませんが、「○○について、英語で話したい。」「△△について、相手(日本人以外の)の意見を聞きたい。」「■■についての情報をできるだけ集めたいので、英語の情報源にもアクセスしたい。」という、個人のニーズや地域特有のニーズがあって、そこを糸口にしながら、必要な英語を身につける学習を学校以外のどこかで、合わせて行う必要があると思うのです。
 もし、指導要領や入試の縛りがもっと緩やかなら、公立学校での英語教育で、そのようなことができる可能性が出てくるかもしれません。高校の英語教育では、全員に課すのではなく、選択制にするのが良いと思います。あるいは、四技能をすべて伸ばそうとせずに、まず、得意な技能を可能な限り鍛えたのちに、他の技能を扱うようにするとか、演劇や音楽など他分野や他教科と合科的な扱いにするとか、多様性を担保することが必要ではないかと思います。要するに、自分の得意なことや興味のあることを通じて、各自が英語を身につけていくことを、今よりももう少し可能にする事が必要だと思います。だからこそ、高校や大学の英語教育に、予算と資源とを集中投資すべきだと思うのです。
 小学校3年生から始めるにしても、英語に限定せずに、様々な文化や言語について考えたり気づいたりすることから、始めるような学びでなければ、意味も意義もないでしょう。ただ、楽しくゲームをするだけなら、何も身につきませんし、外国語を学ぶ意義や目的、楽しさなどにも触れないまま、口まね音まねだけさせるのでは、やがて、飽きが来たり慣れ過ぎたりして、結局、テストでいい点数をとることやいい評価を得ることが目的化するのは、目に見えています。外部テストを使うようですから、いよいよますます、その傾向に拍車がかかることでしょう。テストや入試が終われば、そして、学校教育が終われば、学んだ事も忘れ、学び続ける意欲も失い、結局何も残らないで終わってしまう。
 こんなことを考える私は、悲観的すぎますかね。
 

 小学校3年生からの英語授業の導入だけが決まっています。


小手先の教員研修をちょろちょろと行って、それで、見切り発車です。


多分、ろくなインプットもせずに、活動を楽しくさせるという、大変むだな時間となるでしょうね。


発音できない音は、聞きとることはできないのです。

聞き取りの力をつけるには、発音をしっかり覚え、身につけることが必要です。


どうせ、やるなら、徹底的に、

日本語の音と英語の音は、ちがうのだ

ということを理解させ、英語らしい発音ができるように訓練すべきでしょう。まずは、たくさんの読み聞かせをして、音声的なインプットを行うことです。

そのためには、多くの小学校の教諭が、少なくとも、中学校程度の英語と日常生活の英語を、英語らしく発音できるように、訓練しなければなりません。これまでは、学校の英語教育では、発音や発声のことを系統立てて教わったことのない人が、教員のほとんどですので。

よい発音をCDやオンラインでやればいいのでは?と考える方もいると思いますが、問題はいくつかあります。機械による音は、人間の聴覚に何らかのマイナスの影響を与えることもあるようで、肉声の方が、よいということです。さらに、音だけでなく、口や舌、あご、喉などの筋肉の使い方や動かし方を説明するためには、教諭自身ができなければ、そもそも教えることはできないということです。


それにプラス、綴り字と発音との関係を系統的に教授する方法を身につけることです。これに関しては、フォニックスのよい教材がありますから、それを採用するようにすれば、ある程度できるでしょう。


そして、教員の教材用の英語図書、そして、学習が進んでいる子達用の英語図書の充実を図るように、特別予算を配当すべきです。


しかし、私自身は、小学校低学年から英語の授業を始めたとしても、英語を使いこなせる日本人が劇的に増えるということはないだろうと思っています。

そもそも、日本には、1億人以上の人口があって、日本語で考え、仕事をし、生活している人がそれだけいるのですから、英語でやりとりする必要性や場面などは、ほとんどありません。日本語さえしっかりしていれば、生活や仕事などは成り立ちます。


私は、小学校と中学校の学校英語教育では、音声や文法などの言語的な違いと、言語への見方、コミュニケーションのパターンなどの文化的な違いを緩やかに学習するということで、十分だと思っています。

そして、入学試験の科目から、英語は外す。入学試験の科目から外されれば、何年生ではこの単語やこの文法事項を教えなければならないという、くだらない縛りから解放されるでしょう。そうすれば、小中の9年間で、それぞれが、興味関心のある分野を通して、各自の知りたい英語、話したい英語、読みたい英語を少しずつ学んで覚えて行けると思います。あるいは、自分の住んでいる自治体の観光大使になるという目的で、名所旧跡や自然公園について、外国人に紹介するという想定で、英語を学んでいくのも良いと思います。


このような、各自のそれぞれに身につけた英語を足がかりとして、高校や大学で、それぞれにちがう英語を知り合うことから始めて、将来の進路によって、人前で英語で話すことや英語で何かを書くことなどを、個別のニーズに従って学んでいくようにすれば、英語を必要とする人の英語力は、今よりも格段に上がると思います。高校では、選択制にするのがいいのではないかと思います。進路上、英語が必要のない人が、3年間学ぶのは、時間のむだではないでしょうか。それよりも、ちがう学科を深く学ぶようが、その人にとってよほどためになるのではないかと考えます。つまり、全員が英語を身につける必要はないし、同じように英語を学ぶ必然性もないのです。


たとえ、高校で英語を選択しなかったとしても、小中で学習したことが、自分の興味関心に合致したことであったり、自分達の地域に根ざした内容であったりすれば、ある程度、頭に残るのではないでしょうか。そして、後々、もっと英語が必要になったときに、それが、学び方の原型として、生かされる


入試がある限り、生徒も保護者も、英語を入学試験突破の道具としてしか見ないでしょう。生きて使える英語、生きて働く英語、コミュニケーションの英語にはなり得ないと考えます。


予算も教員数も減らすという財務省の方針が出ているのに、一体、これをどのように進めていけというのか、一国の重大な教育政策とは、とうてい思えません。


結局、小中で緩やかに、多言語と異文化という視点で学習したことをもとに、高校や大学で、個々の進路に応じた、実践的な話す聞く書く読むを集中的にやって、社会に送り出すというのが、一番よいのではないかと思います。
 紅茶のマイブーム、進行中です。

 紅茶に関する本を読んだのがきっかけ。午後の紅茶など、紅茶飲料をプロデュースしたり、紅茶に関する著書を出したり、販売も手掛けたりしている、磯淵猛さんって方の『紅茶の手帖』。

 いろんな産地のお茶、フレーバーティー、ハーブティーなどを楽しんでいます。

 今は、お鍋で作る、マサラチャイがお気に入りです。手元にあるスパイスを適当に入れて、煮だして作ります。
ポーさんも、スパイスの香りに、興味津々。私が飲み終えたカップをナメナメしちゃうほどです。

 あとは、台湾のウーロン茶。香りがやさしくて、おいしかった。桃の香りを付けたウーロン茶も試してみるつもり。

閑話休題

 うちの犬っこ、ポーさんが、アトピー性皮膚炎の新薬、アポケルというお薬を試して、4週間たちました。順調によくなってきていますが、もう一つの病、『甲状腺機能低下症』の影響もあって、大量の抜け毛が発生中です。春先の換毛期みたいな抜け方です。これから冬に向かうというのに、毛がスカスカになって寒くてかわいそうです。

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