福田誠治さんの著作『格差をなくせば子どもの学力は伸びる---驚きのフィンランド教育』を読み終えました。

 社会の教育に関するコンセンサスと教育哲学が違うんだなぁ……と痛感。

 オイラが最も強く興味を持ったのは、社会構成主義的な学習概念っていうもの。
 社会構成主義というのは、短く言うとこういうこと。学ぶべき知識は絶対的客観的な体系として学習者の外にあり、それを教師が効率よく教えることが教育なのではない。学習者がそれぞれ個々に多様な方法で学習した内容を自分の中に構成することを支援するのが教育だ。
 学びや学び方、学ぶ速度は、個人個人多様だから、競争させたり一面的一時的に測定したり比較したりすることは無意味であり、有害でさえある。こういう考え方から、フィンランドでは個人間を比較する目的でのテストを小学生に課することを法律で禁止しているそうだ。
 
 それから、学ぶのは個人の権利であり個人の利益のためであるという意識づけが徹底されているということにも驚かされた。学ぶと実生活の様々な面で有益である、学ぶことは楽しいこと、という意識を持たせるために、日常の具体的な内容が常に学習の中で大切にされるような、以前に学習したことをまた内容やレベルを変えて繰り返し学習するような、創意工夫のある授業を作ることが教員に奨励されていて、その自由も保障されている。一律の内容を一斉の講義式授業で教えるのではなく、小グループや近隣学年の異年齢集団(日本で言えば複式学級)での学習、プロジェクト形式の探求的な学習が中心である。

 教師の社会的な地位が高いと同時に、高い専門性と常に専門的な知識・技能を高めるような個人研修が、教員個人の自発性に基づいて行われていることと、制度的にも保証されていることが重要なポイントだ。

 社会教育学的観点から、子どもの家庭状況(保護者の学歴、経済状況、社会的階級……)の格差が学力の格差として働かないような公教育の役割の重要性についても考えさせられた。

 というわけで、福田誠治さんの近著である『フィンランドは教師の育て方がすごい』も読んでみたくなった。

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