第二言語習得理論をそのまま日本の英語教育に使っても、効果は薄い。これが私の主張。

 第二言語としての習得と、外国語としての学習とでは、教授法、教材の内容、教える順番、目的など、あらゆることが違うんです。



 外国出身の力士が、なぜ、日本語をあんなに上手に流ちょうに話せるのか、について考えてみよう。
 まず、相撲部屋に弟子入りした瞬間から、日常生活全部が日本語になる。その上、日本語を覚えないと、親方や兄弟子が言っていることが理解できない。親方や兄弟子が言っていることを理解できないということは、すなわち、力士としての技術の伸長や相撲部屋での日常生活の質向上に大きく関わることになる。日本語の習得が、自分の生活の質や職業上の技術取得、それ故、将来の成功などを大きく左右することになるからこそ、必死で覚えるのである。
 これこそが、第二言語として日本語を習得するということだし、このように、その言語を習得することが、日常生活の質や職業上の成功などを大きく左右するになるような条件が存在することが第二言語習得環境にあると言える。

 そこのところを、英語の母語話者や第二言語としての英語習得理論をそのまま日本の学校英語教育に応用しようとする研究者は、まったく勘違いしていると思う。

 我々が日本にいて、英語を学習することを考えてみよう。外国出身力士のような、差し迫った日常生活に関わる必要感はゼロだろう。日常的な英語に対する必要感が限りなくゼロに近い生徒に対して、日常会話的な英語ばかりを題材にしても、無意味。それを使わなければならないような環境は、日本にいる限りはない。日本語で事足りるからだ。英語を第二言語として習得する環境ではないのである。将来のため、としても、それが生徒に通じるはずがない。使うチャンスがないものを覚えるはずがない。たとえ、NSのALTが月に何回か学校を訪れたとしても、それは、日常ではない。何百人も児童生徒がいる学校に、月に数日、年間20日前後訪れたとしても、それが英語を使う動機を生徒に与えることにはなるまい。

 だからこそ、日本語と英語をひとくくりの言語としてとらえたり、あるいは、分析的に比較検討したりする視点を与えること、生徒自身の思考や意思とリンクさせたり、文化的、哲学的、科学的な内容を扱ってその内容理解とともに考えさせ話させること、協働的な手法を使うこと、など、もっと生徒に自分事と感じさせる工夫や思考や言語学習とリンクさせる工夫が必要だと思う。そういった工夫のある授業は、JTにしかできない。

 日常会話のような内容を覚えたところで、使う機会はゼロ。しかも、英語と日本語の共通点や相違点を、構造・音声・語の意味・書記体系などの観点から見るような、言語として学ぶ学習も薄いから、個々バラバラのものをただ暗記するだけの学習内容になってしまう。だから、中、高と進むに従って、英語は嫌いな教科一位になる。

 第二言語習得理論をそのまま応用すれば効果があると信じている人たちは、授業において、教師ができるだけたくさんの英語を使い、学習者をできるだけたくさんの英語に触れさせることが効果的だと頭から信じている。だから文科省は、Native Speaker のALTとのティームティーチングを奨励する。
 ところが、問題は、JT(日本人教師)には英語でコミュニケーションをとるだけの英語力がない。中、高の専門教科としての英語教師ならそうでもないだろうけれど。効果的なTTをするために、JTとALTとの打ち合わせをしろとくる。ALTが各校に配置されているのなら打ち合わせの時間もとれるだろうが、市内50以上の小中学校を5人のALTでカバーする場合、しかも、その雇用形態がバラバラの場合、学校に常駐していないのだから、時間的にも物理的にもムリでしょう。

 さらに、ALTに対しては、特に英語力が低い小学校教師の英語力を向上させるために何らかの役割を担わせる一方で、JTに対しては、授業の組み立てを明瞭にして打ち合わせをして、ALTを上手に使うよう要求している。ALTにしても、こんな状況でそんなことまで要求されても、話が違うよ、ということになりはしないか。
 
 ALTの質について、以前もここに書いたが、彼らは、教えるプロではない。ほとんどの場合彼らは、日本のような大きなクラスで学んだ経験もない、母語と桁違いに異なる外国語を学んだ経験もない、人生経験もない、ただの若者なの。

 現職小学校教師の研修をそういう人たちに曖昧に任せ、教員養成の面では特に小学校英語については触れないで、この政策を考え実施に関わった人たちは、こんなやり方で小学校英語教育をなんとかできると思っているんだろうか?理性ある人間なら、うまくいくとは考えられないと思う。

 で、今度はどこかの外国の教授を視察と指導にまわらせることで、権威づけようとする手法か。

 日本人の精神構造は、明治維新の頃と何ら変わっていない。
 お雇い外国人がもたらす技術や学問をありがたくおしいただいている点では。
 自分の頭で考えない限り、何も始まらないと思う。
 
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