特別支援教育は、一頃に比べて整備されてきたとは思うけれど、やはりまだ十分とは言えないと思う。知的障害とか情緒障害とかが顕著ではっきりと診断・判定されたら、特別支援学級在籍としてそれなりのケアを受けられるけれど、軽度の発達障害とかアスペルガー症候群、学習障害という場合は、必要なケアを受けることはできないことが多い。普通学級の30~40名の中に埋没するか、その中で人間関係や学習がなかなかうまくいかなくて二次障害を被るか、逆に周りの子達や担任が対処に困るか、そういうケースが多くなってきていると感じる。
 中途半端に軽い障害だと、何のケアも受けられないのである。

 何らかの障害を持つと思われる子やその親へのカウンセリングやアドバイス、簡単なテストの実施などを専門に担当し、外部機関(病院、療育センター、保健所、児童相談所など)との連絡調整を行うような、カウンセラー兼コーディネーターの役を専門に受け持つ人が、残念ながらいない。うちの地教委では、特別支援学級の教師にそのような役割を兼務させていて、名目上はあるけれども、機能しているとは思えない。ましてや、重い障害を持つ子の担任をしながら、ほかのことをするなど、可能なはずがない。機能しているとすれば、重い障害を持つ子を見極めたり、その保護者に特別支援学級へ入ることを勧めたりすることについてのみだろうと思う。
 また、そういう軽度な障害のある子は、ちょっとしたサポートがあれば学習が飛躍的に進むというケースもある。たとえば、識字障害のある子には音声化して読んであげるとかすると理解が進むから、そういうことをしてあげる大人が横についていれば学習が成立するのである。

 くだらない学力テストで金を使うくらいなら、パートでも良いから、複数校兼務でも良いから、きちんと心理学やカウンセリングなどを専門的に学んだ人が定期的に学校を回るとか、要請を受けたら学校を訪問するとかそういうシステムをしっかりしてほしいし、軽度障害の児童をサポートする指導員やボランティアの配置なども考えてほしいと思う。

 身も蓋もない言い方をすれば、日本の教育は、根本的に、国政に携わる官僚とそれに従う国民、しかもそれは、自らは思考しないで上の言うことにただただ無批判盲目的に従うような人間を量産するためのものなのだ。個人の可能性を追求するということや人としてより良い人生を送るための基礎的な力を培うということ、そしてその結果この社会を豊かなものにするということについては、全く考えていないのだ。
 だから、軽度障害者に対するケアなんか、眼中にはないのかもしれない。

 こんなことを考えると、この仕事に携わっている自分がイヤになる。

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