オイラ、当たりが悪いのか何なのかわからないけど、尊敬できる管理職に出会ったことがない。リーダーシップを正しく発揮したり、職員の気持ちを汲んだり、見識が深かったり……というような管理職に会ったことがない。逆に、なぜこの人が……???と思うような人には結構会ったけれど。

 だから、佐藤学先生の本の中に登場する、見識の深い、あるいは、リーダーシップを発揮する校長先生や教育行政の人達のことが、信じられないと思う。

 オイラが見てきた大体の管理職の本音は、学級担任として、学習指導や生活指導を地道にしていて当たり前というか、そんなことはどうでもよくて、校長が外にいい顔ができる、つまり、行政から評価されるための、公開研究会(文科省、道、市などの指定研究や行政寄りの研究団体の全道大会)を率先してやることを期待しているようだ。

 仕事の多忙化、煩雑化で、皆疲労困憊しているので、そんなヒモ付きの、創造性を発揮できないような公開研究会に対しては、大体の教員はやろうという意欲がわかない。

 だから、職場の中は階層化する。大きく分けると、次の三つに。

 階層の一つめ。管理職の意向に添って、無批判に、行政の要求通りに行う人。率先して研究会を行う人。校内研究の内容や方法も、管理職や行政の意向に添ってやろうとする人。こういう人は、自分自身がいずれ管理職になりたいと思っている場合が多い。こういう人は、大体、子どもや保護者や地域には向かない場合が多い。逆に、学級担任としての地道な指導ができないような人が、保身のためにこういう傾向に陥ることもある。大方の管理職は、巧みにこういう人達を使う。管理職のなり手が非常に少ない昨今、自分の直属の部下から教頭試験合格者を出すのも、評価ポイントらしいから。

 階層の二つめ。一つ目の階層に対して批判的な人。例えば、組合に所属しているとか、管理行政に対して反対の意見をはっきりと持っているとか。だら、イデオロギーにこだわるあまり、時代の変化に対応できないことや自己批判が甘いこともある。自分とは違う考えや方法に対する許容範囲が狭かったりもする。

 階層の三つめ。このどちらに対しても無関心な人。独立独歩で独自の哲学や方法論を持っているが、それを変えようとはしない。管理職になることや、校内研修や公開研究会にも全く興味がない人。時には、いわゆる学級王国をつくって、あるいは、学年セクトをがっちり固めて、そこに埋没してしまうことも。ちなみに、オイラはここに属するね。

 管理職にとっては、この階層化はそのままにしておいた方が扱いやすいらしい。もっとも、それを解消して民主的な職場にするためには多大なエネルギーとリーダーシップと時間が必要なので、管理職は2~3年、一般教員は4~7年で動くという環境では、やりようがないのだろう。

 定年退職してもう十年くらいたつという元小学校教師だった方の話、多分、昭和三十年代半ばから四十年代はじめにかけてのことだと思うけれど、
「ある校長は、『学級経営案なんて書いたって意味ない。それよりも、教材研究に力と時間を注げ。』と、怒鳴ったもんだよ。」
だって。隔世の感だね。

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