学校という組織は、スタッフが一丸となって、児童生徒の指導にあたることで、効果が上がるという、共同幻想で成り立っているのかな?
 その学校が、さしたる問題もなく、学力も高い方で、いわゆる『良い学校』という評判があるのは、実は、スタッフの力でも何でもなくて、偶然に、その校区の、ここ数年の、家庭の経済的基盤が安定しているから、だけなのかもしれないのに。しかも、それが、この先永遠に続く保証なんかないのに。

 何かうまくいかないことが起こると、『みんなが同じ温度で(あるいは、同じ方向を向いて)取り組んでいないのが原因』と、考えてしまいがちなのも、その共同幻想の強迫的なはたらきなのではないか。

 もう、そういう共同幻想は、やめるべきだと思う。みんなそれぞれ違うのに、違うことから目を背けていないだろうか。なぜ、経験も興味も課題も違う個人個人なのに、わけのわからない仮説とやらに沿って、わけのわからない授業研究ということを繰り返して、わけのわからない事後研究でこねくりまわすのか。それが、一体何に役立っているのか。誰も疑問を持たずに、やっていることが、恐ろしい。

 

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